• 第22回「人工ボディをつくる 心のバリアフリーをめざして」

    Date: 2010.12.17 | Category: 未分類 | Tags:

    今月は2回のサイエンスカフェが行われます。12月の1回目は、工房アルテの福島有佳子さんをお招きして、「人工ボディをつくる 心のバリアフリーをめざして」というテーマで話題提供を頂きました。
    工房アルテでは、先天性障害や事故などで指や手足、乳房などを失われた方のための「人工ボディ」を製作されています。これは、福島さんが改良を重ね、独自に作り出されたものです。(「人工ボディ」という言葉も、福島さんの命名!)

    写真を見ていただくだけでも、リアルさが伝わると思います…。手一つ取っても、指のしわ、爪の色(半月の色も人によって違うそうです)、血管の浮き具合・ライン(患者さんの血管とうまくつながってラインができるように)などなど…その精巧さは息を飲むばかりです。シリコン製で、質感はやわらかい感じです。

    なぜこんなに精巧なのか?そこには患者さんにずっと寄り添ってきた福島さんだからこその思いがありました。手のない人に人工の手をつける時、例えば爪の色や形がもう片方の手と違っていたとします。「こんなの私の爪じゃない!」と、その人が言ったとします。すると、その人は「わがままな人だ」とされてしまうのです。おわかりでしょうか。「爪の色や形が違うだけで文句を言うなんて、贅沢な人だ」と思われてしまうのです。福島さんは「わがままだと思ってしまうのは、私たちに技術がないから」とおっしゃいます。

    例えば、今流行りのジェルネイルを人工ボディに施すと、シリコン製なので定着せず流れてしまいます。けれど、健常者の人ができるものは、人工ボディを着けている人たちにも普通にできるようにしたいという思いから、研究を重ね、ジェルネイル専用爪が開発されました。一般的には「ジェルネイルしたい」と思ったとしても、「あんた指ないんやから、わがまま言わんときや」と言われてしまう。けど、それは「わがまま」ではないんだ!という思いが語られました。

    さて、テーマの「心のバリアフリー」という言葉について。そもそも「心のバリア」、って何でしょう?
    障害を持った方々は、その障害…たとえば指や耳の欠損を、隠し続ける傾向にあるのだそうです。右手の指がない人は、無意識のうちに右端の方に座ろうとする。また、障害者の方が集まる会に参加すると、自分の気持ちは健常者にはわからないんだ、という少し閉鎖的な感情が見え隠れすることもあるそうです。これが「心のバリア」。会った人全員に障害があることを言えなくてもいいから、身近な人からそれを伝えることができたら…。障害者だからこれができない、というのではなく自分からできることを発信していくことも大切、という話もありました。

    また、工房アルテでは人工ボディを作らないという選択を薦めることもあるそうです。例えば、生まれつき指が2本(親指、小指)しかない患者さんの場合。その子は、その2本の指でボタンを留めることも、一人で服を着ることもできるのだそうです。つまり、その子の指は2本で5本の機能を持っているのです。だから福島さんは「欠損」とは思わないとおっしゃいます。逆に、人工ボディで残りの3本の指を補うとそれが邪魔になってしまい、もともとの機能が失われてしまう場合があるのだそうです。

    けれども、お母さんは人工ボディをつけさせたがるのです。それは、お母さんの心には「この子の指がないのは、この子を産んだ自分のせいだ」という自責の念がベールのようにまとわりついているからです。あるいは、お姑さんやお舅さんにあわせる顔がない、お宮参りまでになんとか…というケースもあるそうです。

    福島さんは、そういう患者さんに対してカウンセリングというか、話をとことん聞いて、何が患者さんにとって最善か考えるのも大切な仕事だと考えておられました。いくら精巧なものを作る技術があったところで、ただ作って売るだけでは仕事ではない、と。先の例で言えば、「この子はこの子で生きていけるよ、大丈夫だよ」ということを伝えてあげることが何よりも大切なのです。それは家族や周りの人たちの役目でもあります。障害があることによって、「こんな体の自分が悪いのだ…」と思ってしまう子もいるそうです。絶対そんなことはない。あなたはあなたのままでいいんだ、と言ってあげられる人になりたい、と私自身も強く思いました。

    人工ボディをめぐる現状の法制度も考えさせられるものがありました。人工ボディは義手や義足などの装具と違って、機能がありません。そして、オーダーメイドで作るため、保険が下りないのです。病気で顔の半分をなくされた方は、仕事にも就けず、生活ができなくなる。それでも障害者手帳ももらえず、補助金も下りないそうです。オーダーメイドでなければその人の顔なんて作れないのに…そのような状況を変えるための働きかけもされているそうです。

    また、暴力団対策法が施行された時、小指がないために再就職できない元暴力団の人たちのために、材料費だけで指を作ったこともあったそうです。けれども、何度も踏み倒しをされてしまう。誠実な対応をしてきたのに…と、怖いもの知らずで乗り込んでいくこともあったそうです。組を追われて再就職のあてもなく、麻薬の販売に身を落としていくような人を見るうちに、警察にも働きかけたりして今では元暴力団員の再就職先を斡旋するような第三セクターもできたそうです。元暴力団員の人だからといって白い目で見るのではなく、その人自身を見る事が大事という福島さんの言葉に、人間に対するあたたかいまなざしを感じました。

    福島さんが人工ボディを作るようになったきっかけについても聞くことができました。知り合いの方に、爆発事故に巻き込まれて耳・目・鼻・口を失った方がおり、耳がないのでマスクができず困っておられたそうです。そこで、当時就いていた仕事の技術を生かして耳を彫りだして、接着剤でくっつけてあげたところ、ものすごく喜ばれたそうです。記事の初めにも書いたように、人工ボディは福島さんが独学で作り出されたものです。そういうものを作るための技術を教える学校があるわけでもなく、先生もいなかったので、お客さんに意見を頂いて改良を重ねた結果、こんなにもリアルな人工ボディを提供できるようになったのです。だから、彼女は「先生はお客様」と強調します。患者さんからのクレームや意見を反映できるように、とにかく技術を磨き続ける。技術は嘘をつかないから…。

    最後に、メッセージとして、「自分のいいところでも、悪いところでも、何か一つ認めてあげて下さい」という言葉を頂きました。健常者でも障害者でも、心の問題は基本的には同じ。そんなことを感じた二時間でした。